日本史探偵団文庫
薩土盟約
入力者 大山格
 
 底本は、勝田孫彌著『西鄕隆盛傳』明治二七年 西鄕隆盛傳發行所刊である。
なお、監修 平尾道雄 編集解説 宮地佐一郎『坂本龍馬全集』において、慶応三年五月二十二日
薩摩および土佐の二藩の間で締結したのは「約定の大綱」のみであるとし、同月二十六日に至って
芸州藩を加えた薩土芸の三藩で「約定書」を作成したとする。参考のため三藩約定書を掲載した。
   約定の大綱
一国体を協正し万世万国に亘て不耻是第一義
一王政復古は論なし宜しく宇内の形勢を察し参酌協正すべし
一国に二王なし家に二主なし政刑唯一君に帰すべし
一将軍職に居て政柄を執る是天地間あるべからざるの理なり宜しく侯列に帰し翼戴を主とすべし
右方今の急務にして天地間常に有之大條理なり心力を協一にして斃て後已ん何ぞ成敗利鈍を顧るに暇あらむや
  皇慶応丁卯六月

   約定書
一方今皇國の務國體制度を糺正し万國に臨て不耻是第一義とす其要王制復古宇内之形勢を參酌して下後世に至て猶其遺憾なきの大條理を以て處せむ國に二王なし家に二主なし政刑一君に歸す是れ大條理なり我皇家綿々一系万古不易然るに古郡縣の政變して今封建の體と成り大政遂に幕府に歸す上皇帝在を知らず是を地球上に考るに其國體制度如茲者あらんや然則制度一新政權朝に歸し諸侯會議人民共和然後庶幾ハ以て万國に臨て不耻是以初て我皇國の國體特立する者と云ふべし若二三の事件を執り喋々曲直を抗論し朝幕諸侯倶に相辯難し枝葉に馳せ小條理に止り却て皇國の大基本を失す豈に本志ならむや爾後執心公平所見万國に存すべし此大條理を以て此大基本を立つ今日堂々諸侯の責而已成否顧る所にあらず斃而後已ん今般更始一新皇國の興復を謀り奸邪を除き明良を擧げ治平を求天下萬民の爲に寬仁明恕の政を爲んと欲し其法則を定る事左の如し
一天下の大政を議定する全權は朝廷にあり我皇國の制度法則一切の万機議事室より出を要す
一議事院を建立するは宜しく諸侯より其の入費を貢獻すべし
一議事院上下を分ち議事官は上公卿より下陪臣庶民に至るまで正義純粹の者を撰擧し尚且諸侯も自分其職掌に因て上院の任に充つ
一將軍職を以て天下の萬機を掌握するの理なし自今宜しく其職を辭して諸侯の列に歸順し政權を朝廷へ歸すべきハ勿論なり
一各港外國の條約、兵庫港に於て新に朝廷之大臣諸大夫と衆合し道理明白に新約定を立て誠實の商法を行ふべし
一朝廷の制度法則は往昔より律例ありといへども當今の時勢に參し或は當らざる者あり宜しく弊風を一新改革して地球上に愧ざるの國本を建てむ
一此皇國興復の議事に關係する士大夫は私意を去り公平に基き術策を設けず正實を貴び既往の是非曲直を不問人心一和を主として此議論を定むべし
右約定せる盟約ハ方今の急務天下之大事之に如く者なし故に一旦盟約決議之上は何ぞ其事の成敗利鈍を顧んや唯一心協力永く貫徹せむ事を要す
 六月                  (慶明雜録)

勝田孫彌著『西鄕隆盛傳』明治二七年 西鄕隆盛傳發行所刊
          第五篇 第六章 一二六頁~一二九頁
 
薩土芸三藩約定書

一、方今皇国の急勢、国体制度を糺正し、万国に臨で不耻、其要王政復古、宇内の形勢を参酌して、下後世に至て猶其遺憾なきとの大条理を以て処せしむ。国に二王なく、家に二主なし。政刑一君に帰す。是れ大条理なり。今封建の体となり、大政遂に幕府に帰し、上皇帝あるを知らず。是を地球上に考ふるに、其国体制度、如此者あるを知らず。然則制度一新、政権朝廷に帰し、諸侯会議、人民共和、然後庶幾は以て万国に臨で不恥。是を以て初て我皇国特立する者と云ふべし。若二三の者事件を執り喋々曲直を論じ、朝幕諸侯、倶に相弁難し、枝葉に馳せ、小条理に止り、却て皇国の大基本を失す。豈に本志ならんや。爾後熱心公平、所見万国に存すべし。此の大条理を以て此の大基本を建つ。今日堂々諸侯の責のみ。成否顧る所にあらず。斃て後止まん。今般更始一新、皇国の興復を謀り、奸謀を除き、明良を挙げ、治平を天下に求め万民の為に寛仁明恕之政を為さんと慾し、其法則を定むる事左の如し。
一、天下の大政を議する全権は朝廷にあり、我皇国の制度法則一切万機議事室より出るを要す。
一、議事院を建立するは、宜しく諸侯より其の入費を貢献すべし。
一、議事院上下を分ち、議事官は上公卿より下庶民に至るまで正義純粋者を選挙し、尚且諸侯も自分其職掌にて上院の任に充つ。
一、将軍職を以て天下の万機を掌握するの理なし。自分宜しく其の職を辞し、諸侯の列に帰順し政権を朝廷に帰すべきは勿論なり。
一、各港外国之条約兵庫港に於て、新に朝廷の大臣諸大夫を集合し、道理明白に新約定を建て、誠実の商法を行ふべし。
一、朝廷の制度法則は往昔より律例ありと難も、当今の時勢に参じ或は当らざるものあり。宜しく弊風を一新改革して、地球上に愧ぢざるの国本を建てむ。
一、此皇国興復の議事に関係する士大夫は、私意を去り、公平に基き、術策を設けず、正義を貴び、既往の是非曲立を不問、人心一和を主とし、此議論を定むべし。右約定せる決議之盟約は方今の急務、天下の大事之に如く者なし。故に一旦盟約決議の上は何ぞ其事の成敗利鈍を顧みんや。唯一心協心、永く貫徹せん事を要す。

 監修 平尾道雄 編集解説 宮地佐一郎『坂本龍馬全集』
         昭和五三年五月 光風社書店 五二九頁
 
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