日本史探偵団文庫
フランス軍事顧問建白書
入力者:大山格
 
底本は 勝海舟 著 『陸軍歴史』下 原書房 昭和四十二年である。
掲載順は建白が行なわれた順に改めた。底本の割注はで表した。
校訂はせず、すべての註は底本による。
1867年4月
シヤノアン建白和解

シヤノアン
Chanoine (人名)
シヤノアン建白和解
第一○軍事の新制を創成するには生存の法(動作、靜息、飮食、衣服、居住等)從命法則(命令に聽從して違背することなからしめるために法則を立之を從命法則と名く)武官の階級幼少の敎育に於て許多の改革をなさゝるを得す○是を施行するは漸を以てすべし又漸を以てせされぱ能はさるなり之を決定するは篤と思慮を巡らすへし之を成し遂るには志を固くして動搖すること無る可し
第二○日本の士官は歐羅巴の法を摸行し得へしと自ら思ひ込むこと餘り速かなり其摸行せるは總て外見に止りて徹底することなしと謂ふぺし○且其士官は平生の經驗に依て餘り速にその法の緖口を見たり
第三○若し兵隊十分の敎導を受け好き兵器を備へ其手當勘定向を整齊にし無益の費を避けて錯謬なる儉嗇に陷らさる時は指揮を命せられたる諸士官其行状取扱のみならす三兵の勤務に必用なる諸種の知見を以て必其役丈けの値を爲さゝる可らす○然らさる時は勞して功なきのみ不幸を釀す爲に勤勞せりと云ふへきのみ
第四○歐羅巴諸國にて總て用ゆる武弁敎育の法に從へは士官は其屬する兵(小銃或いは大砲或いは騎兵に屬するを云ふ)の勤務を逐一委曲に知らざる可らず且其人修業中は始の内自ら並の兵卒と心得へし其間内務(内務は野外兵務に對せる名なり士官及び兵卒屯所内にて諸種の務をなし或は當番に出或は警衞に出或は調練を爲す等總て平時の務を云ふ)及ひ調練を敎ゆ
第五○右の純粹に兵事に係れる敎に對稱して凡士官は何の兵に屬するを論せす堡砦大砲地理勘定向眞の兵術に(韜略)於て十分の理解を得さるへからず○大砲及ひ土工は最廣き各種の知見を要す
第六○總て諸國其國の兵士あれは必好き士官を養成する爲の學校を建さる可らず是亦世人の知る所なり○此意を行ふに其制度は其國の風習及ひ少年の受け來れる敎導に從て異なり然れとも之を行ふは兎も角も必要の事と云へし○抑眞の兵術敎導は一般敎導(武人は何の兵に屬するに論なく總て始めに學ぶべき通敎あり之を一般敎導と云若し始めに之を學び置かざれば諸藝上達し難し)を基本と爲す方今日本の士官多くは之を闕如せり
第七○故に方今の姿にては日本は右に云へる事の成功する場合へ一飛に到るを得す○然れば方今の制を用ゐて成る丈け其不行屆きを改正すへきなり
第八○日本の士官、歐羅巴の調練および行軍學を學ひたるもの多し然れ共未た練熟せす能之を用ゐ且其要を選ふ爲に缺くへからざる所の諸種の知見あらす○然れとも新に變して其士官の氣を落さんよりは其自得し居れる敎導を成就するを善とす但其未た得さる所の事を學ひ得んか爲に職分を盡すの意を以て果毅牢固勉勵してこれを行ふを要す
第九○大砲の諸品及ひ兵隊の武器に於て右同樣に力を用ゆるを要す○十分なる製造所缺けるに依て日本は許多の武器及ひ兵隊必用の諸品を遠方より買入れさるを得す是巨大の損害なり○後來の爲に防禦の新法を整ふるは野戰砲並に固場或は海岸の防禦の諸品を政府の製造所にて造り出すを善とす
アイグン
愛琿(地名)
第十○兵隊に敎導濟の士官を備へ精好の編制表を具ふれは平時に於ても大に兵數を減するを得へし戰時には速に其實數を減するを得へし戰時には速に其實數を增すこと容易き故なり○然れは此事に依て國君は儉約と安心と兩事を得
第十一○方今亞細亞國土は擾亂の時節到ると見ゆ○支那の政府は只其名存するのみ而して其敗北の後猶引延へり是を以て其君長政權を失ひ焦民事を縱にし内地の戰爭其國を擾亂せるを見るへし○支那政府は海外の諸國に總て其望む所を與へ其怒りを柔くるを幸とせさるを得さるなり○甲の國へは貿易の條約を許さゝるを得す乙の國へは日本に隣れる廣大無量の地を戰もなしに讓らさるを得さりけり此書に添たる地圖は其摸樣を想像するに足るへし○是は千八百五十八年第五月十六日アイグンの約定にて黑龍の地方を峨羅斯に合併し千八百六十年第十一月二日北京の條約にて之を堅定せり其地方の圖なり
第十二○亞細亞諸國國勢平均の變したるに依て日本の國君は必其國を強くすへき任に當れり其國の貴族をして君威隆盛後日その國の強大となるは各々體を同ふし意を一にし力を戮はすに非されは成功を保す可らさる事を曉らしむる任に當れり
第十三○各國交際の方今の姿に於ては大なる一國其國外の關係なく他國と貿易する事なくして存活するを得す○然れは敎練に熟し軍事に習れたる兵隊は其強盛より生したる寧謐安心を政府に得せしむへし○又好き海軍を備へ海岸の防禦港の中立(他國戰爭ある時之に與する事なく我港を固めて獨立するを云ふ)國民の守護を固ふし已むを得さる時は敵船と戰ふを得へし○權現樣の法制にて日本國の寧謐を保定せし時節には支那を除て外に日本を騷擾し得る國あらさりけり○海陸の兵
器未た大成せす軍艦未た滿足せさりける故に後世の軍に用ゆる如き碎崩の術なかりしなり
第十四○太平洋は峨羅斯の著述者之を名つけて後日の地中海と云へるか如く亞米利加澳太利諸群島に於て少年にして功を圖る新民を繁殖せり然れとも亞細亞地方は防禦の力なく許多の掩襲を受け其姿は只他の主の羇靮を待つのみ
第十五○此盛衰を判すへき時節に當て日本はその地位と國風の秀拔と廣大なる諸州の富饒とに依て亞細亞諸國の上に立ち之を助けて一新するの任に當れり○大度の君當今位に登り給ふ若し志を固くして右の事を好み給はゝ始終其國を大にし名譽を揚け家系を永續し並に才智と威力とを合して世に大業を建たる不朽の摸範を後世に垂れ給はん事疑なし
第十六○右の事業は微力の試み爲すへきに非す臣民數輩の試に圖るへきに非す只日本の兵隊を練りて威力を隆にし志向を一にし今迄缺けたる固志勉勵敎導を爲すに依て成就すへきのみ○若是迄企てし如き改革にて功ありしならは兵隊は之に依て他國の兵隊に向て戰ひ勝つ場合にあるへき事論を待たさるへし然のみならす内地に於て着岸上陸し難き國々え軍勢を差向くへきこと論を待たさる可きなり
第十七○若し絶へす士官及兵卒を仕立る事に心を用ゐす太平の時數年間兵隊を惰らし置時は不幸なる戰爭に遇て兵隊を減盡するに足へし
千八百六十年支那の戰は其證據にして廻思すへきなり○戰爭始まりしより一ケ月の末には北京の政府最早兵卒も大砲もあらさりけり僅に一萬二千の兵士を算するのみにて之に依賴したり
 孫武曰知彼知己
孫子自ら汝を知れ而して汝の敵を知れと云へり○此理解は戰爭を始めんとする時其支度をなすに用ゆるならては要用に非す其他は徒に人の力を落す本となるのみ
第十八○法蘭西使臣諸士官江戸の諸製造所を尋ね江戸の屯所内にて行へる調練を見たり○且其日本に住在せる時日未た多からすと雖も相接したる諸士官の敎練の度を見定る事容易かりけり
諸兵(所謂三兵)に於て使臣の考案如何爰に之を述ふへし
  歩兵隊 兵器
第十九 原闕
第二十○當時兵隊の手に在る小銃多くは好き有樣ならす○之を精密に見分し且兵器の保持は士官勤務の大切なる事件なれは其事に付て士官の心得を差圖すること緊要なり
第二十一○兵器よき有樣と爲りて之を要務に叶はしめんか爲には放射の事に於ては諸種の法を學はさる可らす
土官の放射の敎は著實謹重にして段を逐て爲すへし諸種の兵器各々其用あり總て心を盡して之を學ふへし○並に藥包の制未た調はす
  調練
第二十二○日本の兵隊に練體法を敎ゆる事要用なるへし自然身體の勞役を好まさる人々をして屈伸自在動作活潑ならしむる爲なり(現在太田村屯所に於て少く之を行へり號令を掛けて或は頭を左右に振らせ或は上下に振らせ或は手を輪轉せしめ或は手を輪轉しながら走らしめ或は背行して走り或は片足にて走り或は手を連ねて同走し或は膝行し或は兩人互に兩手
を執りて引合ひ或は高より飛下せしむる等種々の法あり騎兵も馬上にて種々の體勢を爲す使臣の内に其書を所持し繪圖等甚詳なりと聞けり某未た其書を目覩せす故に其詳を盡す能はす)
日本の諸士官は定規に從ひ且威權を以て善く指揮す然れとも勤務の委曲を知らす諸兵隊の敎導に於て趣向を一致せるとは見えす是大なる謬誤なり○各大隊を別々に調練し其敎導互に一致の助勢を受くる姿なるを善とす
  内務及從命法則(共に前に注す)
第二十二○道理に合うたる制を採用し勤務諸事件の基本と爲すを要す○法令從命法則手當向の事に於て其怠慢歎すへき事多し○内務の規則設くるあらすと使臣指揮役之を日本の士官に聞けり○若し歩兵隊の諸具衣服を改革せんと欲せは要用なるもののみを採用し且日本士官の練熟を參考して試に改革を爲すを善とす
  大砲隊
第二十四○江戸に於て武田君の仕組める製造所は既に十分好き出來上りなり然れとも法蘭西使臣猶之を助けて僅の時日の間に改正を加ふへし○此事に付て大主意を爰に述ふへし
第二十五○旋條鋼砲の製造は甚た精巧なる手業なり○使臣大砲士官大砲の銅質を解剖すること甚切要なり其既に用ゐ來れる調合の加減を鑒定する爲なり○既に造れる大砲多くは其旋條錯誤せり之を改正せさる可らす其照準を鑒定して表を作り其用ゐ來れる旋條丸を試み速に之を製するを敎ること要用なり
第二十六○運送道具の製造を興すを要す山砲野戰砲攻城砲の
ヱスカドロン
escadron 騎兵中隊
車臺大砲車等なり○製造の爲に材木場を構ゆへし是重大の件なり
第二十七○馬の武具の製造は軍務製造の一科にして最速に爲すを要す○法蘭西使臣其雛形を持參せり日本の工作人の學習を容易くすへし
第二十八○火藥の製造を滿足にし火藥一式の學校を設け日本士官に精密練熟の摸樣を知らしむへし
第二十九○携持兵器の製造及ひ修復も亦右同樣大に改正を爲すへし
第三十○大砲隊の士官及ひ兵卒を十分に敎導するは江戸或は其近傍に於てせされは能はす○橫濱に於て調練に適當せる地面なし
放射場は更に見當らす放射場は其長さ少くも五千メートル(壹里十町五十間)より六千メートル(壹里十九町)までの地を要するなり
第三十一○學問に係れる敎導を日本大砲士官に與ふるは武藝敎導に於て必要なる補なり○是故に絶へす大砲の事に屬する建築製作を目に留むるを要す
  騎兵隊
第三十二○騎兵の敎導を太田村に於て始めたり此摸樣にては江戸と同樣に上達難し○然のみならす僅のヱスカドロン(騎兵の一大隊)ならては編列すへからさる故に之より速に捗取へき仕方にて且廣き地を撰みて爲すを要す○馬の蓄養及ひ取扱屢闕事あり○騎兵を用ゆる事日本の如き國に於ては第二等の要件なり然れとも其數少きならは精良なるを要す○騎兵の敎導は歩兵隊の敎導より遲延なり若三兵大抵同時に敎導濟す
を欲せは騎兵は勉勵を加へさる可らす
第三十二○橫濱に接せる太田村の構は勤務の要件を行ふには餘り狹し○其隣近の地勢は放射場及ひ調練場を開くを得す○江戸及ひ其近傍に設けたる許多の物件を爰に移し來る是無益の事なるへし
橫濱の隣近は亦不都合の事あり○使臣頭目已に來訪者及ひ好事者の屯所内に入來するを禁する取扱をなさゝるを得さりけり
  結尾
第三十四○諸士官の間に役々の附屬を簡明にし陸軍奉行及ひ其他諸役の戰分を限定し規則を整齊し勤務を的切にし之に從命法則を立つるを要す
兵隊の内務及ひ手當勘定向は指揮する士官銘々の意を以て取扱ふ可らす君主より出たる法令に從て一致したる取扱を爲すを要す
第三十五○兵隊の敎導をなす同時に於て歐羅巴諸國の如く士官を取立る學校を設る事缺くへからす○日本の方今國敎の有樣に於て此學校を設くれは政府の爲に要用なる知見を開き且當時外國え求むる品物を數年の後日本國内にて製造するを得へし
第三十六○日本人是迄試に改革を務めたるは目的もなく前見も無かりしこと直ちに見ゆ○日本人要用なる學術の諸書を日本語翻譯せしめたり然れとも諸士官これを理解することなし緊要なる基本の知見を開き居らさるか故なり○切要なる事體と急務に非すして差置くへき事件とを辨別せさりけり
歐羅巴諸國に於ては其國々に從て風習各同しからすして兵隊
カピテーン
capitaine 大尉


デタマジヨール
d'état major 司令部付
の從命法則及ひ戰法殊異なきこと能はす○日本の情態風儀に相應すへき事件のみを日本の軍事敎導に採用することは日本國の爲に如何計りか緊切要用ならん
  一篇の大意
此覺書の第二十四第二十五第二十六第二十七第二十八第二十九第三十第三十一章の主意は勤務の要件に加ゆへき重なる改正を記せり○且日本政府は定めて勘定向の事及ひ好き仕組の製造に依て理財の道を行ふ手だてを得へし只製造所并に兵隊に於て能く筋の立たる手當支配向を爲すに依て兵器及ひ諸種品物の保存行屆くへし然らされは損して速に廢物となるへし○此重大の事件は兵隊の從命法則および内務に屬するなり此從命法則及ひ内務は前にも云へる如く全く創成あるへきなり
  太田村に於て千八百六十七年第四月
             カピテーン デターマジョール
         法蘭西軍務使臣指揮役 ジ シヤノワン
1867年5月
シャノワン建白書

クレーロン
clairon 信号ラッパ

バタイロン
bataillon 大隊

ペロトン つづり不明
英語でいう Platoon=小隊 か?
佛國敎師シヤノワン建白書
日本之兵士傳習之事は江戸に於て引續き傳習すへしと 大君殿下命令を下し給ひしにより規律を正ふし可成時日を費さす且節儉を以て事を爲遂んには何等之仕方を設る方可然哉を今考究すること極めて要用也
曾て 殿下の尊覽に供せし書中に日本の兵制を立んには其大法云々と云大率を載せり今此制之旨とする處右事務中急速變革し得るものと多少之日月を經されは成功し難きものとを並擧し總體の事を一新せんには何等の計可然哉を明に示さんか爲なり故に利害次序を追ひ歩騎大砲及ひ全陸軍局を創立するの方法を論する也
  歩兵隊
傳習の事既に陸軍敎師え任せられたれは其敎導を受る者追ては他の日本人を訓練する人となりて日本人の敎師たるの用勤をなすへし故に最初是を敎導するの法最好にして何れも一樣に出さるを得す則敎師人を敎ゆるに當り其法皆一樣なるを云也故に敎師一行の首長より歩兵傳習のため下等敎師五人を增し加るを陸軍執政閣下へ請申立たり是迄殆廢止せし放砲の訓練運動をして全く一ならしめんためなり又クレーロンを敎ゆるものを添ゆ江戸之屯所は小川町大手前西丸下撤兵屋敷等にあり此屯所は各小調練一ペロトン或は兵士手前等を學しむるに十分廣き地所ありといへともバタイロン或は撤兵の調練をなすには餘り狹小なり故に此屯所近邊に於て長さ四百メートル巾三百メートル程の地面にして傍ら騎兵の稽古をも爲すへき地を尋ね求むること甚切要也大調練其外打方調練等は越中
島或は駒場にて之を爲へし總て兵卒を抱入るゝことは就中歩兵に至ては多く其望に任すと見ゆ橫濱え遣はされし兵卒の内戰場に臨み更に疲勞に堪かたき多し此事は 大君殿下にも自から注意し給ふへき事なり若日本の兵卒等身體強壯を失はす一時戰爭差起るといへとも更に差支なき樣兼て備へ置かんことを望まるゝに於ては且之に歩行に慣れ筋骨堅固なるもの多く山野草莾中に生長せしものを用ゆるに如くなし鄕里都府に住する民は從順の性少く又苦に堪ゆるものなく況や屯所近邊に己が家有て妻子ある兵卒を規律通り制するの難きに於てをや
日本政府今所持しある兼て外國より買求められし小銃の數四萬二千七百七十五挺あり此大數なる小銃の内多分は打捨ありて淸潔ならされは差當り戰に用ゆるを得す且此火器彈行き遠近の差等是まて日本にて製する火器を以て實地に經驗せしことなし故に左之通處置に及ふは甚肝要なり
第一 今用ゐある小銃を一々明細に吟味し最缺くへからさる修復を爲すこと
第二 越中島に於て日本製火藥の強弱を篤と試み歩兵小銃打方を正ふする事
陸軍敎師首長は此事の切要なるを以て速に其通り取行ふへしとのこと且同時兵士傳習をも絶へす取續くへしとの事をも松平縫殿頭既に建白せり佛國陸軍に於て建置兵士之職掌號令及規律等之書は開成所敎授職既に之を日本語に翻譯せり此規則書中の事は日本の兵卒に用ゐ大に益あること多かるへし然りといへとも 大君殿下の准允を得るため之を差出さる以前陸軍局ミニストル臺下之を委細に見改め譯と原文とを照應し不
バツテリー(バツトリとも)
batterie 砲兵中隊
都合の廉あれは之を改る樣前以て點檢し置事又缺くへからさるの一事なり
  大砲隊
關口の製造場に於て是迄製造せしもの條入砲五十挺なり然るに之か堅硬の度及彈行の遠近其善惡を定むるため最緊要なる經驗をなせしことなし且又中目黑にて製する火藥を以て關口製の彈丸の善惡竹橋にて出來せし道火雷カン燒彈其外惣て火藥を以て製したるものを一々緻密に之を驗究せしこと是迄なし是容易ならさる事なり其故は假令日本士官の内此學業をなすもの日夜苦心勉強して其力を盡すことの多き實に賞すへき事なれとも未た未熟の處數多あれは之を改めさるを得す且右製造場の如き建物に於ては中々各種の事ありて是又變革すること少からさるへし是迄製し來りし仕方を以て製したる物を器具を以て戰地に向ふて果然なすに堪へかたき事なり故に駒場の調練地所を速に設る事は至極肝要ならん是は右に申述る經驗之爲は勿論併せて大砲調練の爲也
此外日本政府大小各種の砲千挺餘も所持しありて其内凡三百挺は野戰砲なり一時莫大なる入用を以て買入れし後製造局へ捨置用法を始として彈行き打方等も更に是迄密に試みし事なく又之を實用に立其益を得たる事なし夫故此大砲中十分實用すへきものを見立打試をなす又甚切要なり
畢竟大砲の數何程ありといへとも運送の便なき時は更に用る地なし山野砲を以てバツテリー數隊を建置く事は夫に相應する馬の數を設けさるを得す就ては今求め得る馬の内最強大なる馬を要す其數十バツテリー之爲には凡馬二千疋を要すへし
大砲は郊原に於て用をなすの外市街海岸の防禦より敵城を攻
ゼニー
genie 工兵


マレシヤルブリガテイヱル
maréchal brigadier 伍長
圍むの用をなす且是に干係するものは製造場小銃短筒刀劍等を製する建物を預り支配す此事未た日本に於ては聢と規律を以て定めたる事なしと思ふにより敎師首長より大砲方士官二人下等士官或は職人頭九人を增さん事を申立尚銘々職業の事は委細松平縫殿頭へ説明し置たり日本の士官只書籍上にのみにて是迄覺得たる方今の築城學は皆疎陋淺學といふへし當今陸軍中此學を以て最大なる學術となし是をゼニー隊に委ぬ右に付今陸軍敎師首長ゼニー隊士官一人下等士官二人を增し加ふること必然大益をなさんと思へり
  騎兵隊
日本の地勢騎兵を用ゆるに便ならす故に自から其數を減するに至らん然りといへとも其兵士は總て訓練熟達するものを擇み用るを要す且又此兵の傳習は他に比する時は事速に成る能はす漸次日月を追ひ緩々事を遂る事可然敎師首長今來居る騎兵の外下等士官一人マレシヤルブリガテイヱル一人らつぱ吹一人を增し加ふることを勸め申立る也
日本に於て馬具其外附屬革製の諸具を製する製造場を取建ること大益あるへし鞍其外是に附屬する諸具迄莫大なる入用を以て歐羅巴又は亞墨利加より取寄するよりは此地に製し得る方餘程の益あるへし今日本に於て諸製造家にて試み製したるものを以て考ふるに尚之を盛にする樣處置ある時は必其功を致すへし
  士官等傳習の事
日本の陸軍士官中敎導を得たるもの更に一人もなし是皆外國の火器を見知るといふのみなり其内餘り年齡多きものも亦少からす是等は只纔其勤上の事丈けを勉強するの外他事を學ふ
デタマジヨル
d'état major ここでは参謀の意か?
に暇あらす故に日本政府最意を用ゆへきことは少年を取立年々陸軍え新に入り來る人を傳習するにあり
日本の高貴なる家族の少年の輩を入學せしむへき兵學校を取建る時は此少年各其家名を振ひ拔群の士となり國の大用をなすに至るへし
此學校に於て歩騎大砲築城等各其局部をわかち其學課を敎導すへし勤學の年數學校に入る時の年齡卒業後に至り此學校を出る時身分位級等之事は 大君殿下の命令書を以て取定むへし
右に述る所甚短略なれとも事實必用の事のみを擧り且は松平縫殿頭の注意深きを見るへし
陸軍ミニストルは日本の陸軍を創立するにあたり能く其局部を分ち會計運送の任より總て銘々の職務を定め置毎局位高き士官(陸軍奉行ならん)一人を任して首長たらしめ事善惡によらす皆其責を一身に引受る樣聢と處置せさるにあらされは此大業を遂ること難かるへし當今の處にては陸軍局を四大局に分つことを得へし
  第一局
一歩兵抱入るること
一歩兵人撰方
一日本士官傳習の諸務
一兵學およびデタマジヨル學校の諸務
一陸軍規則
  第二局
一大砲
一ゼニー(但、此兩務に係はる諸用を籠む)
  第三局
一騎兵及「レモント」の諸務(馬數を吟味し其善惡を極むる諸般の事をいふ)
  第四局
一會計兵糧運送の事を掌る
各局之首長は銘々陸軍ミニストルの命令に從ひ盡く關係せる用務を勤むるの外他なしミニストルは 大君殿下の命を奉して事を取扱ふなり
是則佛國及歐羅巴各國に於て行ふ制度の法なり是帝王の命令を速に取行ふ事を得て諸務規律を失はす銘々己れか任を重んし可否判然として錯誤なかるへし
  陸軍敎師を江戸へ在留せしむる事
屯所は何れも一區の地にありて各相距る不遠故に敎師の居所も此近傍におゐて設くること都合よかるへし敎師首長思ふに江戸の人民中いまた外國人を忌嫌ふ者あれば敎師等此市中に住居するとも最初の内は可也日本人とは往來せさるやう處置し尚漸を追ふて外國人に慣れしめん是豫め難事の起らんことを防く爲なり士官并下等士官住居のため設る居所は其内にて若干の月日を打過る積りなれは可也相應の空地ありて手廣きやう銘々の都合を計り設る事要用なり橫濱え取建し建物は兵隊調練のため十分の地なしといへとも敎師居所には又不都合といふにあらす就中士官の住所によからん陸軍敎師首長は他人の居所より少しく離れし所を得ん事を望む且銘々別に部屋を設るを要す
               陸軍敎師の首長
                ヱスアクシアノアン
日本に在る佛の陸軍敎師首長ケヒテーンシアノアンより余等に差出千八百六十七年五月第一日大阪城に於て大君殿下に奉呈す
               日本在留
                佛國全權ミニストル
                   レオンロセス印
ロイテナン(リウトナンとも)
lieutenant 中尉

フリユネ Brunet(人名)

メスロー Messelot(人名)

コンパニー compagnie 中隊

ヱターマジヨル
état major 司令部

アジウダンマジヨル
adjudant major 准尉
ここでは中隊、大隊の先任陸曹の意

トレソリヱ trésorerie 主計 会計

スウリウトナン
sous lieutenant 少尉


セルジヤンマジヨル
sergent major
曹長と軍曹の中間、軍曹階級の最高位
現在の仏軍では廃止された階級

セルジヤンフーリヱ
sergent fourrier 給与係軍曹

セルジヤン sergent 伍長

カポラル caporal
兵卒の最高位 兵長か上等兵に相当
  佛蘭西陸軍傳習敎師之魁首
     カピテン、ヂタマジヨール、シヤノワン
  大砲敎頭 ロイテナン、フリユネ
  撒兵バタイロン司令官 メスロー 建白和解

シヤノワン建白武官給金の説和解
   定 則
歩兵隊は行軍戰鬪にはバタイロン〔大隊〕を以て數へ勘定向にはコンパニー〔小隊〕を以て數ふ
   歩兵隊
一大隊のヱターマジヨルは大隊頭一員アジウダンマジヨル一員、放射敎授士官一員を備ふ若し其大隊狙擊歩隊の如く別隊を爲す時はトレソリヱ士官一員を備ふ
大隊は八箇の現務小隊及ひ一箇の豫備小隊を以て編成す○此豫備小隊は取別け新兵の敎導を勤む其新兵は敎導滿足せされは大隊に編入せさるなり○且つ此小隊中には大隊に屬する諸工作人あり〔仕立物師沓師等〕小隊に於て士官はカピテーン一員リウトナン一員スウリウトナン一員を備ふ卒伍はセルジヤンマジヨル一員セルジヤンフーリヱ一員セルジヤン五員カポラル八員喇叭役四員を備ふ○兵卒の數は時事の緩急に隨て異なり戰爭の時節には百三十名或は百四十名に登る○平和の時節には四十人或は五十人まで減すへし兵隊の勘定向は人別割の押金(兵卒の衣服諸物の取續に供ふる爲に其給金の内にて日に差押へて蓄積す)を本として法を立つ○兵卒に渡せる兵器及ひ衣服の保持存貯の事に付きては國家カピテーンを責む國家兵卒に兵器諸軍須衣服を渡す此諸品は十分長く用に堪
フーリヱ
fourrier 給与係
ゆる如く見ゆれとも前以て規則に從ひ日數を定め置く○衣服摺り爛るる時は其兵卒の押金にて之を敢替へ保續す兵卒の過失より生したる兵器及ひ衣服の修復も亦此押金にて爲す○此押金は第一には國家より兵卒に拂渡せる一定の金高の内を以て殖し第二には保護の請合と唱ふる日拂ひの錢にて殖す(兵卒をして日々僅の錢を出さしめ其身の安全を請合ふ若し不時の事ある時は其請合金にて之を救ひ其兵卒をして難儀なからしむ之を保護の請合と云ふ)
平和の時に於ては兵卒麵包〔或は飯〕日渡を國家より受取る其食物餘あれは兵卒互に給金の内を以て賣買す○給金は右の重なる費用に相應し且つ少しの有餘を殘す位に算定すへし其少しの有餘は五日毎にセルジヤンマジヨル兵卒に渡す○若し兵卒の過失に依て其押金不足する時はカピテーン右に云へる給金の有餘を兵卒に渡さすして押金の内へ加入する事を命す
兵卒は各々押金の算用受取りたる衣服及ひ己れに係り合ふたる敎導を記せる手帳を所持すへし○三ヶ月毎に押金の勘定を改め若し有餘あれは之を兵卒に返す」此法は兵器及ひ衣服の保持存貯に於て直ちに兵卒に便なる事世の知る所なり○此通則は下士官及ひ兵卒に係れる諸事に於て三兵皆同樣なり各小隊の勘定向はカピテーンの指揮を受けてセルジヤンマジヨルおよびフーリヱ之を取扱ふ
大隊頭は其諸小隊の勘定向を總括す而して其大隊の總勘定向に於て國家之を責む
戰爭の時節に於ては政府兵卒に在陣の諸品及ひ滿足なる食物を與ふ○然る時は其給金に之に釣り合うたる差引を爲すへし
若し邦國甚た數多き歩兵隊ある時は勘定向を簡約にし敎授の
レジマン régiment 連隊

コロネル colonel 大佐

リウトナンコロネル
lieutenant colonel 中佐

ブリガド brigade 旅団

デイブイジヨン de evision 師団

ジエネラル général 将官
豫備隊の如き別隊の數を省かんと欲して數大隊を合併す是に於てレシマン隊を得
レジマンは二箇或は三箇の現務大隊及ひ一箇豫備大隊一名敎授大隊を以て編製す○レジマンはコロネル一員其下にリウトナンコロネル一員附屬して之を指揮す○故に大隊頭とブリガード隊長との間に中間の諸級あり
士官の給金は毎月々末に金子にて渡す○其給金は一定せる給金にして同級の諸士官は總へて同樣なり○此給金の外に手當金あり是れは摸樣次第に隨て渡し或は除く○故に譬へは平和の時に於て政府士官の止宿を取扱ふ或は若し止宿を取扱はさる時は其士官の給金に止宿手當金と名つくる金高を增添す
戰爭の時節には此止宿手當金を渡さす
士官の給金は其費用に滿足する程に算定す可し譬へは騎兵隊及ひ大砲隊は馬具の爲めに歩兵隊より費用多し然れは其給金は少しく多し○大砲隊及ひ土工は他兵よりも多く敎導を受く且つ長く學ひたる士官を要す然れは此士官の給金は亦其れ相應に增多すへし但し此士官は歩兵隊の士官より餘程員數少なきなり
人々昇進するに隨ひ諸級の間に給金の差等あるは餘り大なるへからず又餘り小なるへからす程よき釣合ひに隨て算定すへし○士官の給金は兵隊に加はゝりて勤むる内のみ渡す若し暇を取る時は甚た減數す
級の高下に應したる給金の差等の例として爰に法蘭西國に於てジヱネラルの級よりスウリウトナン迄平和の時は如何なるやを見るへし
          デイブイジヨンのジヱネラル一ケ年
デターマジヨル         一萬八千七百五十フラン
          ブリガートのジヱネラル一萬二千五百
歩兵隊の給金     コロネル      五千五百
 〔止宿手當金    リウトナンコロネル 四千三百
 の如き別種の    大隊頭       三千六百
 金高は此外と    カヒテーン     二千
 す〕        リウトナン     千六百
           スウリウトナン   千三百五十
平和の時法蘭西元帥(武弁の極官)の給金は別に添物なく只三萬フランなり
     ―――――――――――――――――
法蘭西軍務使臣建白和解
    軍事局支配の立て方
爰に此要務に屬する重なる箇條の説示を擧く
第一 兵隊の俸金を定む并に兵士の點檢見分すへき時節を定む政府の養へる人及ひ馬の員數歩兵隊長騎兵隊長大砲隊長の録せる員數と精密に合するや否を確知せんか爲めなり
 右俸金および見分の事に係れる要務
第二 屯所内に於て兵隊の支配〔内務の規則書中に此支配の仕組方を示せり〕
第三 政府凡そ人及ひ馬の給餉に缺く可らさる諸物を備へる仕方を一定する爲めの規則〔平和の時および戰爭の時〕
 右軍兵給餉の要務
第四 兵隊附の醫師及ひ兵隊附の病院平和の時及ひ戰爭の時勤務の規則
 右兵隊保健の要務
第五 兵士の衣服を取扱ひ及ひ戰爭の時〔在陣〕すべて夜具等の如き必要なる諸品を與ふる規則
 右衣服及ひ在陣の要務
第六 兵隊をして日本國の内地を旅行せしむる時其仕方の規則及ひ此事に付きて其費用の取締を爲す規則
 右日本國の内地に於て道路の要務
第七 戰爭の時に於て兵隊諸須要の物を運輸する規則
 右軍陣運輸の要務
第八 軍務運送の規則○支配の主事官は政府兵隊及ひ諸種軍須の運送に不足なき船の員數を備ふるや或は右の運送の爲めには是非商船を雇ふへきやを常に知らさる可らす○是事件に於ては軍事ミニストル海軍ミニストル相謀るべきなり
 右海上軍務運送の要務
右諸事件逐一その規則を立つる事必要なり
     ―――――――――――――――――
  千八百六十七年七月十六日則我六月十五日
砲騎兩兵の爲め秣の事に付直に之を規則立つる事甚肝要なり既に先頃此主意に付成島甲子太郞に一個の書付を與へり
政府士官に命するか又は用達に命するかして十分秣麥の大量を買ふ上は之を倉庫中に入れ置而して砲騎兵頭の調印ある書付と引替兵士に此秣を渡すへし此書付に左のヶ條記すへし
第一 養ふ丈の馬數
第二 前以て幾日分の秣受取日限
第三 藁麥草の目方これ等を分配する毎に砲騎兵頭に依て月日を記し調印せし書付を先合原左衞門尉に調印させんため差
アドミニストラシヨン
administration 事務
出すへく但し同人の印なく秣等預るへき委任ある調役此砲騎兵頭より受取りたる書付を其役定めの期限に至らは諸入費を吟味し且細密に勘定等分明なるへきアドミニストラシヨン支配人則合原左衞門尉に渡すへし
                     シヤノワン
右佛蘭西陸軍傳習敎頭シヤノワン陸軍總裁松平縫殿頭え差出侯書なり
     ―――――――――――――――――
法蘭西軍務使臣建白和解
   日本に於て仕組へき大砲隊の支配向
大砲隊に於ては支配に各異の二部あり
第一には人身の支配向即ち士官下士官兵卒の武邊の生存を遂くる規則を總稱す
第二には軍器の支配向即ち總へて兵器車機器等軍務工作の諸種物件を製作する事及ひ保存する事に係れる規則也右の第一部は三兵に於て均しく大切とす然れとも大砲隊に於ては他の二兵に比すれば稍々多く入組めり大砲隊は實に各種の兵卒を具す即ち砲隊に於て用を爲す兵卒及ひ軍務製造所に於て營作する兵卒なり
其第二部は軍器に係れる者にして是れ亦他の二兵に於ては携帶武器を歩兵卒及ひ騎兵卒に相渡す故に僅に關係あり然れとも其大切なること大砲隊に比すれば少なし大砲隊は種類限りなく且つ高價なる武器一式を存貯活用する事を任とするなり
法蘭西軍務使臣漸々に日本に於て大砲隊附屬製造所の支配向を仕組む可し其製造所に於て營作する工作人には其重大切要なるに應したる給金手當あるへきなり只今先つ最も重き事件
バツトリ
batterie 砲兵中隊

マレシヤルデロジ
maréchal des logis 砲兵軍曹

ブリガデイエ
brigadier 砲兵、騎兵の上等兵
を敢扱ふへし即ち純粹の砲兵卒を云ふなり騎兵隊に於て行軍にはヱスカドロン〔騎兵の大隊〕を以て數ふる如く大砲隊に於ては行軍及ひ支配向にはバツトリを以て數ふ
 大砲隊の一バツトリ(大砲一隊)の組立
日本に於て仕組むへき大砲隊は二種類あり
 第一 山砲隊
 第二 野戰騎砲隊
各種砲隊使用の理は後に於て説明すへし
扨砲兵卒は一バツトリ宛に組合はす猶騎兵卒一ヱスカドロン宛に組合はすか如し
バツトリは第一等の甲比丹指揮す其下に第二等甲比丹附屬して餘義なき時は第一等の代勤をなす
一バツトリは大砲六門を具すへし是より多かる可らす又少かる可らす其六門は二門宛組みて分隊と爲す是故に一バツトリは三箇の分隊を以て編制す其分隊は各々リウトナン或はスウリウトナン指揮す
爰に大砲一門毎に其務に必要なる下士官及ひ兵卒を擧く
第一 マレシヤルデロシ 一人 筒の頭取と唱ふ
第二 ブリガデイヱ   一人 火藥箱の頭取と唱ふ
第三 火藥方      一人 火藥製造を司る
附考{第一等砲兵卒とブリガデイヱ(歩兵隊にてはカボラルと云ふ)との間の中間級は只大砲隊にのみ之れあり}
第四 砲兵卒二十人(第一等十人第二等十人)山砲隊
   砲兵卒三十人(第一等十五人第二等十五人)野戰騎砲隊
其他下士官の内に屬するは
第一 下士官アヂウダン一人是は諸下士官中の第一等にして
マレシヤルデロジシエフ
maréchal des logis chef
砲兵、騎兵の(上級)軍曹
自衛隊の1曹に相当

マレシヤルデロジフーリエ
maréchal des logis fourrier
砲兵、騎兵の給与係軍曹

マレシヤルデロジガルドパルク
maréchal des logis garde parc
砲兵、騎兵の装備係軍曹
取別けて諸下士官に注意す且つ格段に其バツトリの馬具を保存する事を司る。
第二 マレシヤルデロジシヱフ一人第一等甲比丹より直に指揮を受けて屯所内にて其バツトリに屬したる支配向の事に付き總へて諸記録を司る
第三 マレシヤルデロジフーリヱ一人取別けて人及ひ馬の餉粮止宿の勘定向を司る又記録所にてマレシヤルデロジシヱフの手傳を爲す
第四 ブリガデイヱフーリヱ一人是はフーリヱの副官にして且つ勘定向の見習なり
第五 マレシヤルデロジガルドハルク一人其バツトリの大砲に屬したる諸器に絶へす注意すガルドハルクは後日大砲隊保護役と爲りて放射場製作場及ひ大砲隊取扱の務を爲す
大砲隊は政府の製造所に於て大砲方の工作人を用ゆ其外バツトリに於て砲兵卒にして修復存保に缺く可らさる工作人を兼勤する者數人あり是れは各バツトリに於て三種あり
 第一 造砲師 一人
 第二 木工  三人
 第三 鐵工  三人
更に各バツトリに於て喇叭手四人あり騎兵隊の喇叭手と同種類なり
扨左の如き表にて一バツトリの組立を約示す
士官 五人
 第一等甲比丹        一人
 第二等甲比丹        一人
 第一分隊の第一等リウトナン 一人
 第二分隊の第二等リウトナン 一人
 第三分隊のスウリウトナン  一人
下士官 十一人
 アヂウダン          一人
 マレシヤルデロシシヱフ    一人
 マレシヤルデロジ筒の頭取   六人
 マレシヤルデロジカルトハルク 一人
 マレシヤルデロシフーリヱ   一人
 ブリガテイヱフーリヱ     一人
ブリガテイヱ 六人
 第一箱の 頭取
 第二箱の 頭取
 第三箱の 頭取
 第四箱の 頭取
 第五箱の 頭取
 第六箱の 頭取
火藥方 六人
 第一門
 第二門
 第三門
 第四門
 第五門
甲比丹=カピテーン  第六門
工作人 七人
 造砲師     一人
 木工      三人
 鐵工      三人
蹄鐵師 五人
 マルシヤルアンピヱ 一人
     助     二人
     見習    二人
砲兵卒
 山砲バツテリに於ては 百二十人
 野砲騎隊に於ては    二百人

  一バツトリの支配向
第一等甲比丹は元と甲比丹指揮職と唱へたり其司れるバツトリの總支配向の事に付ては政府より其責を受く即ち
第一には若し不才或は忽慢に依て其身の上に重き不取締ある時は政府その指揮職を奪ふ
第二には若し怠慢或は第一等甲比丹の意に非らすと云ひ得さる事件に依てバツトリの諸品失亡或は破損する時は其償金を政府に差出す可し
甲比丹指揮職は士官下士司ブリガデイヱ火藥師の手傳を以て隊伍を指揮す○軍務使臣唯今其必要なる規則即ち兵隊内務の規則と唱ふるものを日本語に翻譯する事を取扱ふたり甲比丹指揮職は給金衣服諸軍器保存の務に付きてマレシヤルデロジシヱフの手傳を以て支配を爲す全く騎兵隊と同樣たり○其事
は已に騎兵隊の爲に説きたる故に同樣の理を繰返すは無益なるへし其理に本つきて支配の組立を爲す即ち品物或は金子にて渡せる手當兵卒の手帳人別割の押金(兵卒の衣服諸具の取續の爲めに給金の内にて日々差押へて蓄積する金子なり)賄帳等總へて騎兵隊に於て馬及馬具に係れる事件と全く同し
   給 金
砲兵士の給金に付きて其れの十分なる金高を我等助言し得す日本に於て武人世渡の姿に應して他の二兵に定れる給金と釣合うたる金高ならては定め得す
法蘭西に於て騎兵隊の給金は歩兵隊より稍々多し騎兵卒は馬に手を盡すへきに依て餘儀なく作爲多くして給金も其れに相當すへきか爲なり
大砲隊は給金更に多し士官下士官并に兵卒皆然りとす先つ其道理を兵卒の上にて云へは砲兵卒は法蘭西兵隊の内にて體力の營作最も多き者なり
第一には馬を取扱はさる大砲手は大砲に係れる諸種工作の外總へて版築製造等諸種の工作を爲す此工作は平常の職人になさしめ得す
〔政府は右の事につきて二ツの益あり一ツには費用を省く其故は砲兵卒の給金多しと雖平常の職人をして工作せしむるよりは金を費すことすくなきなり
二ツには政府其上に猶ほ砲兵卒をして體力の運動并に軍務工術の營作に習熟せしむ此營作は戰爭の時錯亂ある可らさるものなり〕
第二には馬に手を盡すへき砲兵卒荷馬を導く砲兵卒バツトリに於て導兵を務むる砲兵卒に於て給金多き道理は的切なり馬
の員數と導兵の員數と大に異なる故に導兵一人毎に二馬或は三馬に手を盡す且つ其馬に屬する馬具を保持す如此多事なれとも大砲隊の調練には盡く出勤す
下士官も兵卒の通に勤勞するは勿論のことなり絶へす右の兵卒に注意するか故なり
大砲士官は他兵の士官に比較すれは餘程多く勤勞すバツトリに於て其軍務甚た多端なり其外製造所及放射場に於て諸種の工藝試驗を務む之を約めて云へは絶へす事を施行して其藝能は大砲諸士官の存亡に係るへき諸種多端の勤務に於て何事にも適當すへきなり
     ―――――――――――――――――
  大砲隊の種類
日本政府の製造所は軍務使臣の盡力にて必らす法蘭西の通りに仕組み政府必要の火器に附屬する諸品を造り得べし
第一には馬脊に載すへき山砲と名つけたる甚た輕き筒
第二には二疋宛繫きたる四疋の馬にて引き容易く奔馳すへき輕砲是れは騎兵隊の通行する丈けの所は總へて通行し得且つ速なる事騎兵と同し
第三には六馬を以て引くへき攻城砲是れは臺場城郭等を碎崩する爲めに用ゆ甚た遠く達し且つ精く中る
右の諸砲は總へて旋條砲なり
其内にて砲隊を二種に分つ
 第一 山砲隊
 第二 野戰騎砲隊
第一 山砲隊はすべて歩行砲兵卒にして取別け山砲の勤務に的當せる者を以て編成す此砲手は又臨時に用ゆへき攻城砲及
ひ守岸砲の調練を學ふへし
第二 野砲騎隊は法蘭西人墨是哥の戰に用ゐて功を得し如く甚た輕兵なるへし江戸大坂等の如き大都會に於ては甚た要用なり日本の大都會にて一方より一方え運ふには騎兵の導に從て奔馳するを得へし我等實に其市街十分廣く且ひ善き姿なるを見たり然れは此事は全く巴里及ひ法蘭西中の諸大都會と同樣に施行し得へし
騎砲隊に於ては砲卒人數の半は馬に乘りて筒及ひ車を引く半は轅および火藥箱の上に腰を掛く
此騎砲隊は日本に於て大都會より外の處にても實用に立て得へし我等日本國中の大道にては容易く轉運すへき程に輕便に仕立つへき故なり
凡そ大砲隊に於ては此種類の區別に論なく士官下士官及ひ喇叭手常に馬上に在り
  日本國に於ては大砲隊の仕組緊急なる事
此主意に依て軍務使臣日本政府の益の爲めに野戰砲隊を仕組むを肝要と思へり是れ兎も角も彌施行すへきことにして其重大なるに合せては實に當時缺け居る所の事なり○兵隊をして功を立つへき有樣に至らしむる爲めには軍隊行進を施行するを要するなり若し之に依て日本に於て直ちに軍隊行進を爲すを思ふとも錯亂を生すへき僅の筒ありてバツトリを備へす是れ我等目覩する所なり○是れ日本に於て總へて山砲を馬に駕し野砲を馬に繫ぎて引くことを知らざるに由るなり且つ大砲を法の如く放射し軍須的當の量を輸送することを知らさるに由るなり如此き姿にては大砲は困難なる重荷なるのみ
然れは軍務使臣近代の戰爭に重大肝要なる兵を仕組む爲めに
力を盡すへし意を鋭くして此事に從事するは緊急の要務なり時ありては歩兵隊を速に敎導し得ること人の知る所なり大砲隊に於ては堅固に敎込むに非れは少しも功を得ることなし大砲隊の士官は武勇の外に大砲術の理を着實に悟り大砲兵卒は輜重の運輸及ひ放射に練熟せるを要す是れは善く仕組める無數の調練に依りてならでは得へからす
                    入江文郞 謹譯
     ―――――――――――――――――
法蘭西軍務使臣建白和解
   第一種法制の勤向を組立つる説
    ○軍事ミニストル局
軍事ミニストル局に於て諸役の爲す勤務を盡く爰に論すへきに非れとも其諸勤務を大區別して二ヶ條と爲す之を説くこと必要なり其區別は即ち
 第一 總支配(軍事局諸支配の總括を云ふ)
 第二 議事役(軍事ミニストル附屬の役人にて諸事を議してミニストルに告ぐ)
總支配の目的とする所は兵隊の組立敎導保續を爲さんか爲め及ひ之れに兵器を手配り行進戰鬪せしめんか爲めに施行すへき諸種の處置を命し其制を立其法を定むるに在り議事役は諸兵の指揮支配組立及ひ勤務の事に付て總へて議事役の受引くへき諸事件を議して之を軍事ミニストルに告くることを司る
事務繁多なるに依て常に生する混雜を避け且つ其生するを遲からしむる爲めに總支配の種類を區別し其目を法制と云ふ
 第一 歩兵隊
 第二 生兵編入
 第三 武局裁判
 第四 勤務および調練の規則を學知し之を便宜詳明に著述し世に公布する事
並に又議事役の事に付ても我輩僅に左件を説く可し
 第一 歩兵隊の議事役
 第二 小銃の吟味を司る試驗役(歩兵士官と砲兵士官と組みてこの一役を爲す)
   ○歩兵隊
歩兵隊の勤務に於て最初に力を用ゆへきは歩兵隊の人員の組立見分及ひ其平常の身持並に武邊の所業なり
然れとも右の事を委曲に説く前に日本方今軍制の状態を擧くること要用なり
 第一 住着兵其兵士は江戸府内に住宅を構ゆ(この住著兵は御旗本御家人の銃隊と爲れる者を總稱す原文之をソルダーといへりソルダーは我が方今の歩兵也)
 第二 重兵隊是れは屯所に止宿す
 第三 聚合隊是れは諸大名より大君殿下に供ふる所也
   ○住着兵
住着兵は一種の法を以て編制せる者にして甚た猛烈なる勤務を命し難し
家族地面ある人々をして兵卒の力業爲さしむること得へからす兵卒の力業は身命を抛ちて人の難しとする所の思切を要するものなり
右の兵隊は極難危急の場合に於て國人盡く本國を守り勝利を保つことの外總へて遺却する時節に非んは出陣を命して遠き戰場に遣る能はす
然れ共右の兵隊は江戸の内にて大なる勤を爲す是故に之を指揮し且つ之を容易く呼集むる爲めに堅固簡易なる組立を爲すを要す
   組立および人員
右の兵隊の額數は若干と定む
此員數を分ちて大隊とす
各大隊は兵卒および伍長を合して三百六十人なるへし
各大隊六小隊を以て編制す(これは住着兵の編制なり下文重兵隊は八小隊を以て編制す)
各小隊其列内に屬する人數は
 小頭及ひ兵卒合して六十人
 鼓手あるいはクレーロン二人(クレーロンは喇叭の類にして管細く聲淸遠なり)
 坑手二人
小隊を指揮する役人は左の如し
 カピテーン      一人 其指揮に附屬するは
 リウトナン      一人
 スウ、リウトナン   一人
 セルジヤン、マジヨル 一人
 セルジヤン      四人
 セルジヤン、フーリヱ 一人
大隊を指揮するは左の如し
 大隊頭一人命令の傳告及ひ施行を便利にする爲めに左の如きヱターマジヨルこれに附屬す
 カピテーン、アヂウダン、マジヨル 一人
 記録を司るリウトナン       一人
アヂウダンスウゾヒシエ
adjoint sous officier
副官職の下士官
 醫師               一人
 アヂウダン、スウゾヒシヱ     一人
 鼓手或いはクレーロンを司る伍長  一人
コロネル一人其下にリウトナンコロネル一人附屬して二大隊の指揮及ひ配慮を爲す
コロネルの手に屬するは左の如し
 第一スウリウトナン一人記録を司り且つコロネルの出せる命令を存記するを司る
 第二下士官一人右のスウリウトナンの記録の手傳を爲す
兵隊の見分及ひ其平常の身持并に武邊の所業は後ち重兵隊の條に云ふ所と同樣なるへし
   法制施行の手段
住着兵隊に屬する兵士を盡く精算する事は最も心を盡すへし
一町毎にその町内に住する兵士の姓名帳を作るへし(此兵士は前文に注せる如く御旗本御家人を指す)其調帳を能く點檢して第一種法制の頭取の所に集め置くへし第一種法制の頭取は同町或は隣町の人ならては同小隊中に編入せさることに氣をつけて小隊及ひ大隊を編制す大隊を編制し士官を配當するも皆此意に從ふへし
   ○重兵隊
重兵隊は少年勇壯にして能く敎込み能く兵器を備へ甚た
能く法則に聽從する人を以て編制すへし
之を指揮する士官は強壯にして調練に熱達せるを要す
重兵隊は内地の靜謐を守護する爲め並に遠近の戰爭を爲すために備ふ此兵隊は誹謗すること勿く小言を吐くこと勿く命令に聽從し且つ甚しき困乏に逢ふ共愁訴すること無く堪へ通す
を要す日木國の後來の形勢及ひ名譽を保つは取別けて此兵隊の力に在り
   組立
重歩兵隊の員數は若干を定額とす
其員數を分ちて若干大隊と爲す
二大隊を合せて半ブリガド一名レジマンと爲す
二箇の半ブリガドを合して一ブリガドを爲す
各大隊を分ち八小隊と爲す
大隊中の七小隊を現務小隊(或いは戰鬪小隊)と名つく餘の一小隊は豫備小隊と爲す是れは戰場に差出さす少年なる兵士の敎練を司らしむ
デイビジヨンはデイビジヨンのジヱネラル之を指揮す
ブリガドはブリガドのジヱネラル之を指揮す
半ブリガド一名レジマンはコロネル之を指揮す
大隊は大隊頭之を指揮す
一大隊の人員は下士官伍長兵卒を合して九百六十六人を定とす
然れとも此人員は增減する事あり此に云へるの滿數なり士官は常に備りて闕くる事あるへからす其士官は左の如し
ヱターマルジヨル
 大隊頭指揮役           一人
 カピテーン、アヂウダン、マジヨル 一人
 放射敎導カピテーン        一人
 支配向の注意を司るカピテーン   一人
 金銀出納を司るリウトナン     一人
 品物の出納を司るリウトナン    一人
 醫師               二人
 アヂウダン、スウゾヒシヱ     一人
 金銀出納を司るリウトナンに屬する第一等書記下士官 一人
 品物出納を司るリウトナンに屬せる書記下士官   一人
 軍須輸送を司る下士官(即ちバクメストル)    一人
 トレゾリヱ(金錢出納を司る)に屬せる第二等書記伍長 一人
 クレーロンあるいは鼓手掛りの伍長        一人
 一小隊の諸役は左の如し
 カピテーン指揮役  一人
 リウトナン     一人
 スウリウトナン   一人
 セルジヤンマジヨル 一人
 セルジヤンフーリヱ 一人
 放射敎導セルジヤン 一人
 セルジヤン     四人
 伍 長       八人
 坑 手       二人
 クレーロン     四人
更に小隊に於て最も勇氣最も敏捷最も能く健歩する者の内にて兵卒四人に付き一人宛撰ひ拔き第一等と稱し之に章號を帶ひしめて殊別を爲す
  兵隊の平生の身持および武邊の所業
軍事ミニストル局に於ても兵隊の人員幾許あるや諸調練に於て其進歩の階級如何なるや指揮を受くる摸樣如何なるや等を常に知るを要す○又各大隊の爲めに帳面を造り置くへし其内に記すること
 第一 大隊の號數及ひ人名
 第二 其大隊編制の月日
 第三 諸調練の仕方及ひ支配向の事に付きジヱネラルより出したる布告兵士を取扱ふ心得及ひ兵士忠實の深淺其已になしたる軍功等
 第四 人數
右の箇條の爲めに下士官兵卒の姓名帳を造り置き六箇月毎に諸隊より出せる書付に依て之を點檢す
  士官平生の身持および武邊の所業
兵隊の爲めに造れる如く各士官の爲めにも帳面を造る○各士官の爲めに小き帳を造り之に記すへきは左の如し
 第一 其姓名
 第二 其階級
 第三 其役を命せられたる月日
 第四 其生鄕
 第五 其住鄕家族
 第六 其家産
 第七 若し其人婚姻したるなれは其子供の員數
 第八 其人通敎に於て進歩の階級(幼年の間後來何の業を爲すに論なく總へて學ふへき學科あり數學地理學等の如し之を通敎といふ)
 第九 其人兵學敎導の階級
 第十 其武事の才能
 第十一 其人ジヱネラルより受けたる申渡し
   見 分
軍事ミニストル自ら盡く見る事能はさる故に右の簡條を知る
爲めにデイビジヨンのジヱネラルに命して見分ジヱネラルと稱し兵隊及ひ士官を吟味し其報告を差出さしむ
   ○諸大名より出せる聚合兵隊
軍事ミニストル直段に此兵隊を取扱ふこと能はず(ミニストルと兵隊の間に大名あるを云ふ)假令手を下して穿鑿する事能はすと雖も是非知るへき所を盡く知り且精密なる考案を爲すを要す
 第一 兵士を出すへき諸大名の名
 第二 諸大名各出すへき兵士の員數
 第三 其兵士小銃を具するや否や
 第四 其小銃は如何なる種類なるや能く之を保持するや否
 第五 聚合兵を江戸に或は他の都府に到着せしむるには令を下してより幾時を費すや
 第六 此聚合兵を指揮する士官の兵學敎導の等級
   ○新兵編收
兵隊を仕立つるには兵土を引擧くるを要するのみならす更に死亡亡命病氣の兵士の入替に於て確定整齊なる仕方を以て前算を立つへし
此事件を爲し遂くる爲に行へる諸事を合して新兵編收の要務と稱す
兵隊に於ては少年強壯の人を要す
第一番に法則を立てゝ兵士の年齡幾歳より幾歳迄の限りを定め身の長は幾尺以上と定め體力技倆を檢査する仕方生育の摸樣、少年なる兵士の行ふへき平世の身持勤務の年限を定むへし 其次に法則を立てゝ人を試驗する仕方を定むへし
我今歐羅巴諸國にて是迄用ゆる所の手段を述ふへし
ミリス milice

プレス presse
第一 「ミリス」の法(「ミリス」此處にては籤取にて町人百姓の内より兵士に出づるを云ふ)此法は民家幾戸にて兵士幾人を出すへきを定むるなり譬へは四戸にて兵士一人を出す
第二 「プレス」の法(「プレス」は強ゆるの義なり英國に於ては軍艦乘組人數不足なれば人を強いて乘組ましむることあり之をプレスと云ふ)是法は意を恣にする仕方にて正法に非す手當り次第最初の者を取入れて兵士と爲す
第三 餌募法是れは正理に協へる法に非らすセルジヤンを諸都邑及ひ諸鄕里に差遣し僅の賃銀を餌として少年を募るなり
第四 尋常の募兵法凡そ人民は盡く兵士たる事を布告す然れとも盡く之れを兵に收入する事能はす故に鬮を引て兵隊に入るへき少年を定む
第五 政府より拂渡す一定の給金に依て勇み進む少年あり之を抱入る
右の諸法に添へて他の一法を述ふ是は十分なる法に非る故に第二等の法とす即ち自ら兵となるを好む者を抱入るる法なり少年の人自ら好て年數を定め政府の爲めに勤むるなり
   兵士の割込み
兵士を撰ひ取るの法已に立ては三兵の内時勢の切要なる所に任せて相當に兵士を分ち三兵に割込み諸隊を爲す此取扱を名つけて例年抱入の兵士陸軍諸隊の割込と云ふ
   身自在
兵士の勤むる年月は限りなきに非す其年期終れは兵士其身を自由にすへき定を立つへし之を名つけて身自在と云ふ
   病氣除籍
若し兵士勤務に堪へさる病氣に罹る時は實驗を經及ひ定式の
プレボーテ
prévôté 法務官か?
手續を經て之を鄕に返らしむ然る時は快復暇の取扱を爲す(病氣の兵土に暇を與へ猶之に其給金高の内幾分を與ふ之を快復暇と云ふ)
   ○武局律法
常備兵即ち人々各其職分を爲すへき世間普通の世渡を離れて國の爲めに兵士と爲りたる一種の政法及ひ裁判を立つるを要す
故に武局裁判の掟書を定めて諸罪科を記載し罪科に隨て處すへき罰法を明示すへし
此罪科は總へて武局の主意に隨て考ふ之を輕重するは其罪人に依て異なり(功ある者と功なき者とに依て同じからざるを云ふ)
故に兵士を死刑に處すへき罪も或人に於て時としては只償金或は輕き入牢に處する事あり
爰に人の著述する武局律法を述ふることを爲さす只其律法中にある掟の施行及ひ其内に記載せる犯法の處置に付用ゆる手段を論すへし
   武局裁判を仕組む事
武局法律を犯したる罪人は平常の裁判所に出す能はす其取扱は三箇の裁判役に屬す
第一 軍事評議役(軍事評議役の名目二種あり第一は總へて諸軍事を議する役第二は軍局にて裁判を司る役此處にては第二種を指す)
第二 再査評議役(再び調ぶる評議役)
第三 プレボーテ(裁判する役)
   軍事評議役
軍事評議役はデイビジヨンテリトリヤル(法蘭西國を二十一部に分つ之を「デイビジヨンテリトリヤル」と云ふ外「アルジユリ」に三部あり合せて二十四部此一部の兵を司る之をディビジョンのジヱネラルと云ふ)毎に之を置く即ち一人のジヱネラル、ド、デイビジヨンの支配に屬する兵隊毎に之を置くなり軍事評議役の官員左の如し
 頭目一人
 審判役六人
下等の人にて上等の人を裁判し得さるの義に依て審判役の等級は審判さるへき罪人の等級に隨て異なり(譬へは兵士を裁判する時は下士官其審判役の中に列せり若し士官を裁判する時は下士官列することなし必らず其罪人より上等なる人を用ゆ)
兵士を裁判するために用ゆる審判役人員の例左の如し
 頭目コロネルあるいはリウトナンコロネル
      大隊頭     一人
      カピテーン   二人
 審判役  リウトナン   一人
      スウリウトナン 一人
      下士官     一人
其他評議役の内に出役一人(軍事ミニストルの命にて名代に裁判に立合ふもの)あり事實を聞き糺し評議役の前にての掟の施行を促す事を司る
報告役一人事實を吟味し報告を爲すを司る其報告に依て果して掟を施行することを人に知らす
記録役一人諸記録を司る
若し事件多くある時は下役を命す即ち事實を聞糺す役人報告を爲す役人及ひ記録を司る役人なり
頭目および審判役は内方(法蘭西の中央を云ふ)にては其部を指揮するジヱネラルこれを命す此部なるものは日本に無き所なり軍事ミニストル局は右の役を命する權あり且つ餘儀なき時は出役を命して差遣はすを得
兵隊(出先を云ふ)に於ては一部のジヱネラル或いは枝軍の指揮官之を命す戰爭ある都邑或は圍みを受けたる都邑に於ては其都邑の指揮官これを命す
内方にては聞糺役報告役記録は軍事ミニストル之を命す兵隊に於ては此諸役を命する權は其兵隊の軍事評議役命せし人に屬す
審判役は軍事評議役の内なる故に謹愼嚴正なる所業を爲すを要す
   軍事評議役の爲す吟味
軍事評議役の爲す吟味即ち罪人己れの犯したる過失の申開を爲す爲めに軍事評議役の前に出つる時其人の情状を明にする事は左の三種の場合に於て心を盡して執り行ふへし
 平和の時節
 戰爭の時節
 圍みを受けたる時節
   審判の仕方
軍事評議役の前にて審判の仕方に屬する箇條は左の如し
 第一 犯せる罪科の穿鑿及ひ其確定
法を犯して直くに捕へられたる罪人ある時は諸役の長官みな
此事を行ふの權あり
其他は其の筋々の役人に屬す
 第二 證據人の聞糺は報告役之れを爲す但し軍事評議役を命する權ある人の命を受けされは之を行ふことなし
聞糺を行ふへき命を受くる時は報告役吟味を爲すこと左の如し
 第一 罪人に詰問す
 第二 證據人より聽き取る
 第三 裁判を行ひ及ひ評議役の會合をなす
○報告役は己れに證據人の聞糺を命したる長官に報告をなす其長官は裁判執行の事を申し渡す評議役會合の日限定まると同時に此申渡を聞糺役に差し出す
 第四 吟味及び裁判
評議役は申渡されたる時刻に會合す其席は諸人來りて見聞するを許す
   罪人の引出し
罪人は束縛せすして引出し其罪科を糺問す
   爭 訟
證據人及ひ罪人の口上を聞き取るへし聞糺役其訟を聞定む被告は其過失を起したる原因或は其過失赦免を受くへき子細を述ふ
   評 論
審判役は兩造(原告と被告)を引退かしめ評論を爲す
   裁判の讀渡
役所を開き世人勝手に見聞するを許し裁判を讀渡す
   再 訴
プレボー
prévôt 憲兵将校
若し裁判を受けたる人其裁判の錯誤或は法律の文面引援不當を思ふ時は再査評議役(前に注す)前に申し出つるを得
   裁判の施行
裁判に取行ふことを命したる長官は二十四時の内に其判決を施行せしむへし若し延す可しと思ふ時は軍事ミニストルに屆く
   再査評議役
此評議役は國君の命にて立つ裁判せられたる者の再訴を吟味することを司る若し歎訴其果して實情なれは此評議役會合し其已に決したる裁判を廢止する事を申渡す其次に其人を他の軍事評議役の前に差遣す其評議役再ひ裁判を行ふ但し前の軍事評議役の誤按したる箇條のみを再ひ裁判するなり
其審判役五員は前に軍事評議役を命する權を執りたる同人之を命す
再査評議役の官員は左の如し
 頭目のブリガドのジヱネラル 一人
 大隊頭           二人
並に
 聞糺役           一人
 記録役           一人
   プレボーテ(裁判役)
此裁判役は只軍事に屬したる裁判及ひ「テリトリヤル」外の裁判を取扱ふなり(通例の裁判役は其受持の土地の人を取扱ふ其權其他の「テリトリヤル」(土地)に及ぶことなしプレボーテの權は之に及ぶ)是れはプレボーと名くる出役の士官取扱ふ
此役人は軍行の時兵士掟及ひ法則に背く者無宿浪人軍中の捕人あれは會合を待つことなく直ちに裁判を行ふ
   軍 牢
軍律書の嚴重なること及ひ其罰法他と異なれるに依て平常の罪人と同しき牢中にて軍律を行ふは當然ならす○然れは軍牢を置くこと必要とす
此牢は武辯指揮支配すへきなり
   出奔人の探索
兵士其勤むる年期の終はる前に出奔し其勤を棄擲すること往々之れあり○之を探索して軍事評議役の前に引出すを要す
此取扱は軍事ミニストル局に屬する軍事局は此事件に付て文官の士官と引合を爲す文官の士官は罪人の勸懲に於て軍事局の助けをなす
   裁判の報告及ひ部分け
軍事評議役裁判を申渡す度毎に其裁判の報告を軍事ミニストル局に差出す○此報告は軍事局にて調書帳に記し置く
   恩赦及ひ罰の輕減
國君は恩赦及罰を輕減するの權あり○此事件の願は軍事局に差出す軍事局之を國君に差出し國君の下せる命令を施行せしむ
   ○勤務及ひ敎練の規則を學知し之を便宜詳明に著述し
    世に公布する事
常備兵に於て第一番に爲すへき事件の一箇條は一致の規則なり○三兵の内何れに屬するを論せす凡そ兵隊は一致の組立及ひ支配に屬すへし○各兵に於て諸隊必らす齊均の勤務敎練を要す○是故に勤務及ひ敎練の政度規則を立つるを緊要とす○
其政度規則は日本國人の風習政俗に本つきて立つるを要す法外の制度困難の法則行ふを要せす然れは此事件は相當の人切實に之を學ふを要す且つ其人は日本國の政俗と兵隊の要件とを兼ね曉るを要す
我今只立つへき諸法を説かむ○右の事の掛りの役人は已むを得すして外國の書籍を以て助と爲して諸種の法令を學知し之を便宜詳明に著述し其次に之を國君に進呈して允可を受け澤山に刊行し之に依て總へて守るべき例一致して諸事益を得るなるへし
第一 國政の基典に本つきて立てたる軍局の法則即ち軍局支配の基本と爲るへき法則○兵隊の仕組立を支配する法則法令官裁規則なり
取別けて法則制度の爲めに便宜なる組立に屬する箇條左の如し
 第一 兵士編收の仕方
 第二 武弁の爵位に於て序列すべき諸級及ひ諸職を昇進
 第三 諸士官の身分及ひ其身分に依て得へき「ドロワ」の許し(「ドロワ」は爲すを得るを云ふ又爲さゞるを得るをいふ譬へは兵卒は屯所にて順番に雜役掃除番等を勤む下士官は之を務めざる「ドロワ」あり下士官は取次役を務む士官は之を務めざる「ドロワ」あり又コロネルは云々の事を爲すを得る「ドロワ」あれ共カピテーンは之を爲す「ドロワ」なし等の如し)
 第四 武弁扶助金のドロワの定(武弁勤務の爲に體を損じ或は多年勤勞の後病身となる等は退身して扶功金を受くる「ドロワ」あり又勤死或は戰死すれば其寡婦孤子扶助金を受
くる「ドロワ」あり但し扶助金は當人の勤功及び勤の年數に依て差等あり且つ其人勤中の俸金高に準す其定を立つるを云ふ)
 第五 軍局法律の組立及ひ施行
第二 軍局法律書
第三 各兵兵隊の内務の規則(内務は野外戰場の務に對して云ふ平日の務めなり)
第四 固場の勤務の規則
第五 野外勤務の規則
第六 各兵敎練の規則
第七 放射の訓導歩兵隊に於ては小銃砲兵隊に於ては大砲
第八 三兵に於て下士官の所業を學脩する科
右は總支配の内にて軍事ミニストル局の第一種法制に係る諸勤務なり
爰に又役人を説くへし
第一種法制に於て二役を立つへき事
已に述へたり二役とは即ち
歩兵隊の議事役
携帶火器(小銃なり)の吟味を司る試驗役
   ○歩兵隊の議事役
歩兵隊の議事役は歩兵隊の政度勤務組立敎導法則の爲めに益ある諸事件に吟味穿鑿する事を役目とす
右の官員は議事役十人書記役一人にして歩兵隊の規則を學知し之を便宜詳明に著述する務此役に屬す
此役は兵士に與ふへき衣服沓等を取扱ふへし
然れは此役の人員は高き階級の士官にして其才能及ひ其以前
より行へる事業を見るに此切實に行ふべき事業に相當せる人を要す
   ○小銃試驗役
是迄日本政府は小銃を右方及ひ左方より全く見留なく買入れたり此の如き仕方にては兵隊に並々の兵器を備ふる場合に至ること出來かたし(並々は猶中等のごとし)
砲兵隊の士官三員と歩兵隊の士官三員とを組みて六員の試驗役と爲し日本の歩兵隊に最も善く適當する兵器を見込む爲めに缺く可からさる實驗經試を委任する事至要の事なり
此經試實駿は是迄已に此事件に於て切實なる知見を開き著實にして練磨せる人を要す右の役人は其委任せる實驗の外總へて日本政府に取入るゝ小銃を吟味し其製造の良否を正し其品果して眞に用に立つや否を實證する爲めに試を爲すを要す
其報告は軍事ミニストルに差出す軍事ミニストルは其差圖を申し渡す
又遺忘すへからさる一事あり此試驗役は只試驗の事を實行するに過ぎす其官員は議事役の如く高き階級なるを要せさるなり
            歩兵隊を司れるリウトナン
                    メスロー
                    入江文郞 謹譯
   最も早くなすべき事務
第一 大隊中の一小隊毎に士官下土官兵士の名を載する帳面を造らしむ
第二 大隊毎に右同樣の帳面を造り盡く其小隊及ひヱターマジヨルを記せしむ
この帳面は不斷詳明なるへし即ち其大隊を拔けたる人は其名に棒を引きて消し其大隊に入りたる人の名を加ふへし
第三 兵隊に於て用ゐ居る小銃を一挺毎に番號を記せしむ
此番號は大隊にて立つるを要す
兵士及ひ下士官に渡せる小銃番號は小隊帳の内にて其人の名の側に書き置く可し
第四 指揮官は常に兵隊の人數を知るを要する故に隔日に人數の樣子書を半ブリガドを指揮せるコロネルに差出す○コロネルは半ブリガドの人數の樣子書を四日毎にブリガドのジヱネラルに通す○ブリガドのジヱネラルは八日毎に之をデイビジヨンのジヱネラルに通す○デイビジヨンのジヱネラル十五日毎に之を軍事ミニストルに通す○大隊の樣子書は此れに附録せる式に隨ひて造るへし
半ブリガドの樣子書に於ては大隊の樣子書中の小隊の所を大隊と爲すのみ
餘は之を準すへし
此樣子書の式は只方今一時の式のみ其他猶條記すへき事多く之あり然れ共士官の諸階級能く定りたる後に非れは之を爲し得す
大隊頭は毎常隔日に樣子書を爲すへきなれ共若し大隊頭と軍事ミニストルとの中間の諸役備はらされは大隊頭十五日毎に樣子書を出すへきなり
                    入江文郞 謹譯
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